種から苗をつくります。


by 太郎さん(太郎ちゃん)
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

2006年 07月 08日 ( 1 )

  1868年、明治元年から本年(2006年)で138年が過ぎようとしています。江戸時代は各藩がそれぞれに土木技術を駆使して治山、治水をしてきました。国として大規模な対策を考えるのは1885年、明治18年12月、伊藤博文首相が初代総理大臣となつてからです。わが国の国内交通の手段として河川を中心にしました。オランダの技師デレーケの底水工事で大阪淀川の治水工事をしました。しかし、明治18年淀川大洪水がおきて31の橋、数万の家が被災され、293人が死亡しました。明治29年には高水工事に変更され改修工事が始まりました。

    海からの「洪水」

 海岸にはこれまではあまり住居がありませんでしたが、海岸にも居住するひとが増えました。また、河川近くにも多くの人が暮らすようになりました。
 この間の内外の出来事をみてみます。

  1894年(明治27年)-95年   日清戦争
  1894年               日韓協約
  1904年(明治37年)       日露戦争
  1905年(明治38年)       ポーツマス条約
  1907年(明治40年)       日露協約、新庄村に凱旋桜植える
  1914年(大正 3年 )      第1次世界大戦参戦
  1915年(大正 4年 )      対華21ケ条要求堤出
  1917年(大正 6年 )      三菱マテリアル直島精錬所開設
  1918年(大正 7年 )      米 騒動  シベリア出兵
  1922年(大正11年)       日本共産党、水平社創立
  1931年(昭和 6年 )      満州事変
  1937年(昭和12年)       日,独、伊三国防共協定
  1940年(昭和15年)       三国 軍事同盟
  1941年(昭和16年)       太平洋戦争突入

  この間には、大久保利通があさか疎水事業で猪苗代湖からの疎水で耕地面積1.2倍、収穫2倍をなしとげています。しかし、昭和6年から9年へ東北地方の冷害、昭和8年の三陸大津波がおきて農村は疲弊し、人身売買が行われていました。一方、満州への集団移住がおこなわれていました。
 気象観測は、気象学者、農学者の研究も進み、海洋気象観測船も観測をはじめました。

   1934年(昭和9年)9.20~21日  室戸台風    死者 3066人

 気圧911.9ミリバール,風速60メイトルを記録、高潮は10分で2メイトル上昇。朝の登校時間とぶつかり小,中学校の校舎の倒壊、列車の倒壊,五重塔の倒壊、工場地帯が壊滅。死者3066人。
 岡山県では、美作地域で大災害となりました。湯原、蒜山で400ミリの降雨、川上郡、真庭郡は70%壊滅。旭川流域,吉井川は津山市今津屋橋が濁流にながされました。岡山市内は全域が大洪水となりました。

   1941年(昭和16年)~1945年(昭和20年)   太平洋戦争

 戦争中は、気象予報は秘密事項として、新聞からきえました。戦争中には、突然台風が来て、多くの災害がおきています。昭和18年月3にも大きな台風が来ておおくのひがいがでています。

   1945年(昭和20年)9月17日,  枕崎台風     死者 3756人

 日本が、敗戦を迎えて、間もなく鹿児島へ枕崎台風が上陸しました。特に原爆の投下被害がおおきかつた広島では被災100000世帯、不明は広島だけだ2012人もでました。これが、再開された天気予報の最初の予報でした。有明干拓地は海岸堤防が随所でけつかいしました。

   1947年(昭和22年)、9月15日、  カスリン台風  死者1930人

 秋の稲刈りの直前、700ミリの降雨。利根川は400メートルにわたり堤防がけつかいし那珂川では激流で国鉄も線路が流されました。1930人もの死者を出しました。各地で河川の堤防が流されました。
   1948年(昭和23年)      アイオン台風
   1949年(昭和24年)      べ ラ  台風   キテイ台風

  1950年(昭和25年) 朝鮮戦争はじまる

    1950年(昭和25年)     ジェーン 台風 (大阪に被害)
    
 大阪岸和田地区で大きな被害。昭和26年、全国で堤防工事、山野へ植樹がおこなわれる。

  1952年(昭和27年) 多目的ダム総合開発が進む。昭和30年、佐久間ダム東京では小河内ダムができる。

  1953年(昭和28年)2月1日から、ラジオで天気予報が開始

 天気予報が始まり、台風の予報、災害対策で大いに役立ち水害対策、避難体制、が進んだ。また、農作業の効果がアツプし、昭和30年代には米7400万石と、30年代は大豊作が続く。
 また、昭和33年には北九州工業地帯、全国で二酸化炭素、co2の大量廃出で喘息などの公害病が各地で起きた。高度成長期でした。

   1957年(昭和32年)7月25~28日、 西九州水害    

 700ミリを超える降雨で、大村、諫早地区が洪水に見舞われました。

   1959年(昭和34年)   台風14号      死者、不明   600人

  台風の観測に、横田基地から航空隊が太平洋までゆき台風の目を発見しました.海上保安庁は、観測船で海からのデータを送りました。また、電子計算機が採用されて機能が飛躍的にアツプされました。

   1959年(昭和34年)9月26~27日  伊勢湾台風    死亡 5041人

 風速46メートル、河川の氾濫、海岸は高潮で半田市(愛知県)は壊滅的な被害。木曽川,長良川の合流地区で氾濫、、、、5041人が死亡。海岸堤防が各地で崩壊。泥海となる。
 昭和35年には、工業の地下水の使用で、地盤の沈下が各地でおきる。一方、利根川では治水用に八木沢ダムが完成しました。

  昭和 38年、豪雪!ー過疎地が崩壊,離村へ!

 1月16日~27日北陸、上信越、方面と日本海、中国山地に記録的な豪雨に見舞われました。来る日も雪の連続で国鉄もマヒしました。この雪で浜坂では雪崩で犠牲者が出ました。春には各地で洪水に見舞われました。政府も河野本部長をたてて対策にあたりました。
 都市への、人口の集中による宅地開発は水不足と共に、急斜面での開発をもたらして大雨により土砂の崩壊、崩落をもたらしています。昭和40年代は各地で災害が起きだしています。
 
  ローマクラブの警告!-1972年(昭和47年)

 今日の化石燃料の激しい消化によるco2の異常な廃出、開発、公害、健康被害などで人類は重大な危機を向かえているとの警告をだしました。
 昭和52年、ひまわり気象衛星(静止)を打ち上げました。予報が飛躍的な前進をもたらしました。都市では、都市災害として地下道への水の流入被害、東京神田川での平成5年8月27日台風11号の集中豪雨での洪水がおきています。東京都では、降雨情報システム「東京アメツシュ500」を東京都の作り、港区,多摩地区のレーダーにて降雨の情報を集約しています。
 平成10年8月11日、那珂川が集中豪雨で氾濫しました。昭和13,16,22年の豪雨の水害に比べると急に水が増え、速度が早くなつてきています。
 また、名古屋地区では、平成12年9月11日東海集中豪雨で中小河川が氾濫し,56000戸被災しました。

  気象予報体制の前進!

 現在は、人工衛星、100箇所の側行所、1300箇所のアメダス観測所。世界中の情報システム、数値解析予報システム。などのより短期,週,月、季節、年間と予報が出来ます。エリアも世界規模までもできます。

  京都議定書の警鐘!

平成9年、京都にて世界の国が集まり、地球温暖化防止をとめる目漂をきめました。国別の活動の目標をきめています。
 今、世界中でおきている異常気象の状況は,解決して克服できるのでしょうか。アメリカの努力が決めてです。また、中国、韓国、北朝鮮などは危険です。日本は、責任を果たす気概が不足しています。温暖化の進行が、異常にかんじられます。

  台風、倒木災害、洪水の「前兆」!

 一昨年、2004年の台風16,18号は岡山、中国地区を襲い、高潮被害で瀬戸内海の小豆島、豊島、直島などで潮位が1メイトルほど上がり、床上浸水、農業被害が大規模に起きました。沿岸の高松、倉敷、岡山、玉野市、などでは床上浸水で家屋、車、工場の機械がしようできなくなりました。
 23号台風は、県北部へ被害をもたらしました。風速52メイターという恐るべき暴風がきました。一夜にして、5400ヘクタールの面積の森林が壊滅し、65億円の倒木被害がおきました。
 また、昨年2005年には台風14号では、23号台風での倒木被害が二,三次災害へと拡大してきています。今後は、土石流などで大規模な洪水がおきてきそうです。倒木で樹の根がおきており、水が裏に回り崩落を起しています。
 今、台風3号が日本に近づいています。梅雨前線を刺激して、大きな災害となりそうです。予測を超える事態には、避難が最大のたいさくです。道路が通行できねば、自動車もきけんです。対策は、ありません。間に合いません。ながいめで森の再生、防災工事をしてゆきましょう。
  若い皆様、高齢者のみなさま、生命を生み出して、苗樹を育成し、山に植樹しましょう。千年の森を造りましょう。今10万の広葉樹のタネを植えて苗樹の育成を楽しんでいます。多くの同輩をぼしゅうしています。元気に頑張りましょう。
 皆様の、ご健勝を祈念しています。      (浦島 文男)
                             
 


   
      
[PR]
by urashima77 | 2006-07-08 13:27